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「クールシップ」という醸造機器について


直訳すると「冷却船」ということになるが、ビールの醸造に関わっている人でないと、皆目見当もつかないと思う。
(いや、業界の方でも知っている人は少ないのではないだろうか)

そもそも、この機材、国内において所有している醸造所を見たことがない。
当然、使われているところも無いわけで、そういう意味でも「知るすべがない」というわけである。
さて、そんなレア設備、いったい何に使われるかというと、麦汁を冷却するのに使用される。読んで字のごとく、という訳だのだが、いったいなぜ、こんなものが必要なのか?
そして国内において、現在なぜ存在していないのか?

ビールを造る際に、必ず酵母の働きが必要となる。(酵母は、糖を食べて二酸化炭素とアルコールに変えていきます。)
そのため、仕込みで高温になっている麦汁(ビールの元となる汁)を冷やしてから、酵母を投入する(そうしないと、酵母が死滅するため)。放っておけば冷えるわけだが、そうすると時間がかかる。時間がかかると味わいに影響がでる。そこで早めに冷却するために表面積を大きくしよう、ということで作られたのが、このクールシップというわけである。

現在は、熱交換器という文明の利器があるので、非常に効率的、且つ衛生的に冷却することができる。そのため、使われなくなった。
実際、このレア機材を使うと全体の麦汁の数%は蒸発してしまうし、菌汚染のリスクもある。それでも、それを補って余りある働きを持っている。(と考えることもできる)
たとえば、蒸発することで麦汁濃度は高まるし、表面積が増えることで酸素に触れることが多く、その後の酵母の活性にも良い影響を与える。また、(これは実は重要だと思うのだが)銅製のため、銅の成分によってその後の酵母の活性が活発になる、と思われる。※

何より、(私個人の感覚ではあるが)ロマンがあるなぁ、と思うのである。100年以上前に「美味いビール造りたいんだよ」というドイツの醸造職人の希望にこたえるべく、鍛冶屋が気合いを入れて造った冷却船。それを使って造ったビールをどんな気持ちで当時の人たちは飲んだんだろうか。
そんなことに思いを馳せると、より味わい深くなる。

ちなみ、このクールシップは輸送が非常に困難である。
なぜなら、大きすぎる為コンテナに入らないので、分解して再度組み立てる、ということをしなければならない。
そのため海を渡ってドイツから、―こんなもの、と言ってはいけないが―、運ぼうとは誰も思わない。

ベアレン醸造所では、年に数回クールシップを使用したスペシャルビールを造っているが、造る方も売る方も、感慨深いものがある。飲むときには、ちょっと歴史に思いを馳せるとビールの味わいもちょっとは変わるように思う。

※ちなみに、ベアレンの仕込み釜は内部も銅製。内部がステンレス、外側が飾り銅、という釜は多いが、100%銅製というのは(国内において)他では聞いたことがないですね。古く、珍しい醸造機器を大切に使っています。

breweryvintage(醸造所の年代)とvintagebrewery(年代物の醸造所)について(ツカサ考)


ちょっと日本語訳について、ご意見がある方もいるかもしれないが、翻訳の下手さには目を瞑っていただきたい…。

醸造所の年代、というのは、その醸造所の歴史を象徴する「わかりやすい数値」である。たとえば、300年前の創業の醸造所、聞くと、私などは興味をそそられるし、それだけ事業が続いているという事だけで尊敬に値すると考えている。加えて、そこに(飲み手の勝手な思い込みだが)ロマンを感じずにはいられないのだが、実際に現場に足を運んでみたら、最新の設備を使ったビール製造をしていた。などという例はよくある。

この時の自分の正直な気持ちはこうだ。

「古い醸造所だ、って言っても伝統的な造りを踏襲しているとは限らないんだな」。こういった「自ら勝手に抱いた期待値を裏切れた」時の残念な気持ちは私自身、ビールを飲んでも払拭できなかったのだが、そもそもなぜ「勝手に期待値を高めてしまった」のか。これは、歴史ある醸造所=古い醸造方法、という認識で飲み手は飲んでおり、そこに現実との差異が生じている。

これは、―意外に知られていないのだが―、トラピストビールなどにも同様のことがあるようで、修道士が木の棒を持って製造をしているわけではなく、ほとんどの醸造所は最新鋭の機械を導入して製造している、ということを知らない方が多い。(私も実はそうだったが…)それを知ったからといって味わいが変わるわけではないが、やはり飲み手は、醸造所の歴史を大切にしているし、同様に「今」も大切にしている。

一方、年代物の醸造所、の方はどうだろうか?

醸造所の年代、ではなく「醸造設備や造り方」自体が年代物のため、ボトルや外部からの情報が分かり難いため、それ程期待(飲み手としての勝手な期待値)していなかったりする。ところが実際に足を運んでみたら「ウソだろ!」と思うような設備が現役で稼働していたりすると、「なぜそんなことを?」「いったいいつから?」と期待を大きく上回るため、興味が絶えない。

上記のことから言えるのは、飲み手が感じるロマンは、BREWERYVINTAGEではなくVINTAGEBREWERYではないか、ということ。
ワインの世界と異なり、工業化が進むビール業界においてヴィンテージの持つ意味合いは、後者ではないだろうか。
少なくとも、私自身(ツカサ)はそう考えている。